
感想
人間失格の葉蔵は太宰自らを投影させた人物なのか。この謎についてはもう太宰直筆の文章でも見つからない限り証明されないことだとは思うけど、冒頭で堺さんがいくつかキーワードを挙げたように似通った点が多いのは事実で、この限りなく事実に近いと思われるが実情は不明というミステリーは太宰ファンにとっても、また新規太宰ファンを獲得するためにも非常に効果的な語り口だと思います。「名作こそ青い」という文句を私は結構気に入っているのですが、というのも改めて人間失格をアニメでみて、葉蔵の苦悩が現代を生きる私にとっても非常に生々しく伝わってくるからであり、これがもし太宰の苦悩を繁栄させたものであるとすれば共感とはまた別の部分で実に興味深い作品だなあと思うのです。
第2話は時系列通りに葉蔵が生き残ってしまった後のエピソード。1話ではどちらかというと内面描写よりも起こった出来事について大胆に描かれていた印象ですが、2話では葉蔵の内面に踏み込んできたなという描写が多々あり、特にお化けの演出はかなりダイナミックでした。
葉蔵は何故人間失格なのか。端的にいえば彼は俗に言う社会不適合者だったからでしょう。社会不適合者になる原因というのは、一概には言えませんが、後天的なものが原因であることが多いと思います。葉蔵の場合は生家で父親とのソリが合わず、常に怯えた日常を送ったことが大きな要因なのでしょう。また社会不適合者には社会に適合「できない人間」と「しない人間」のふたつに大別できると思いますが、葉蔵の場合は前者だと思われます。そんな彼が生きるための術として身に付けたのが道化だったわけですが、1話で描かれたのは道化を演じることに疲れ、そしてスカートの中でいい匂いを嗅いだことで突発的に一度人生を投げてしまおうとした部分でした。疲れ切ってしまった果てに自殺を選ぶというのは実にありふれた描写です。しかしそれでも彼は生き残ってしまったのは、彼が生きることに真剣だったからではないでしょうか。冒頭で組み込まれた幼少期の回想で、葉蔵が竹一に「僕たちは友達だから、僕のことを他の人に悪く言うのは駄目だぜ」と口止めをしていたシーンが実に厭な気持にさせてくれたのですが、ああやってあざとく言わなければならないほど、道化を演じることに生きていくためのすべてをかけていたのでしょう。
そもそも人間として「生きること」というのはあまりに当然のこと過ぎて、ほとんどの人間はそれについて真剣に悩むことをしませんよね。悩むとしても精々中学2年生くらいの気の迷いでしょう笑 ただホンモノの社会不適合者はそれについて真剣に悩まざるを得ないわけで葉蔵はまさにソレだったのではないでしょうか。実家が金持ちで、容姿端麗、学校にも通っているというのにどうして死んでしまおうという発想が出るくらい悩んでいるのか。生きることについて悩む必要のない人間には理解が出来ない悩みを持っているからこそ、彼は社会不適合者なのかもしれません。
道化を演じることにしても、実際社会に適合している人間の多くも道化を多用しているからこそ社会に適合しているのであって、葉蔵の行為が特異なわけではありません。本作では堀木や雑誌社のしず子の上司などがいい例です。少々大袈裟にしろあれこそが常人であり、社会適合者ですね。ただ葉蔵は堀木のようにうまく立ち回れない。この不器用さが葉蔵を致命的に社会から引き離しています。
道化を演じることについていちいち「本当の自分ってなんだ?」と考察してしまう、それが葉蔵なのですね。その糞真面目な反動から、ついに一度は人生を投げだしたものの、父親からの遣いに強制的に社会から隔離されることになって再び「人間らしく生きたい(社会に適合したい)」と望むわけですが、堀木のもとを訪れた葉蔵からは「やっぱりこいつは社会に適合できないな」という感じがよく表現されていました。あの場面こそ道化を演じるべきなのでしょう。真意を含まずとも「すまなかった」とひとこと言えば堀木だって葉蔵を受け入れたはずです。たったそれだけなのに「大方他に友達もいないんでしょう」という堀木の言葉を受けてプイと出て行ってしまった葉蔵は、やはり社会不適合者の殻を破ることができませんでした。彼が殻を破らない限り、あの真っ黒いお化けはついてきてしまうのでしょう。お化けを出すシーンもよく計算されていますね。
結局しず子というこれもまた生きることに疲弊した人間に引き寄せられてしまったところで終わった第2話。絶望的な負の余韻ばかり残す本作ですが、とても丁寧に作り込まれていると思います。なんといっても堺さんの演技がすごくいいですね。予想外の好演だけにかなり嬉しい誤算です。演出面ではベッドで目を覚ました時の「お化け」→「大庭葉蔵」の言い換えが見事だと思いました。絵を描くときにお化けにポーズを取らせているシーンも面白かった。原作をいい具合に忘れているので、いちいち原作との差異に気を取られなくてほんと愉しんで見られているので次回も期待したいですね。