感想
葉蔵が縋った美子というか弱き糸も不運なかたちで切断され、この社会で生きていく術を持たぬ、つまり人間失格だと悟った彼は、ひとりクスリに溺れていく。内容と言えばこれくらいのものですが、しかし想像以上の濃厚な鬱描写でおなかいっぱい満足の最終回でした。
4話でことさら痺れたのが堀木の言動ですね。序盤は葉蔵でなくても「どうした堀木」と思うくらいしおらしい堀木がなんだか新鮮で、高木さんの演じ分けが見事だなあと見入りました。入営するということは公式の粗筋で情報を得ていたので、「だからこんな神妙な調子のか」と思っていましたが、別れ際の葉蔵への言葉を聞く限り別に改心したわけではないのでしょう。思うに堀木はかつて似非とはいえども左翼活動までしていた自分が、この期に及んで軍隊に入るということに多少なりとも怖気づいていたのではないでしょうか。それでも「男は軍隊へ」という世間の波に乗るために、乗らざるを得ない時代だっただけに、なにかきっかけを求めていたように思います。そこで偶然ヒラメに会い葉蔵の父の訃報といういいネタを手に入れたので、ちょっくら景気づけに葉蔵のもとへ行ってみようではないか、そんな感じで葉蔵の家を訪れたのように見えました。堀木は葉蔵を自分より格下の人間と決め込んでいるふしがありましたし、彼はそういった人間と接し内心見下すことで自らを奮い立たせる、そんな人種であると私はふんでいます。しかしいざ会ってみると葉蔵は元気にやっているばかりか、美子という伴侶をみつけ自信に満ち溢れている。これは算段が狂ったなあと思っているところに美子が強姦されるという事実が舞い込んでくる。この地獄のような光景見てからの堀木は、葉蔵の家に上がってからの調子とは打って変わって攻めの本性が大開花していました。といってもその攻めというのも葉蔵に対してだけでなく、自分に向けて言っているようにも聞こえました。人間多かれ少なかれ人を傷つけながら生きている、その極みが戦争であり、日本が飢えているからといって他国の領土を、人を殺してまで奪うのは人のすることじゃない、と理解しながらも堀木はその相手の意志を尊重することのない戦場へ行くことに決めました。愛国心あっての入営かどうかは判りませんが、戦争というものをニヒルに見つめながらも、それでも「世界中の人間をぶち殺してくるぜ」と捨て台詞を残して立ち去る堀木の泥臭さが、いつまでたっても世間知らずの坊っちゃん葉蔵とは対照的で最後の最後、私の中で株をあげていきましたね。
一方の葉蔵は最後の最後まで人に縋ることでしか立っていられない人間でした。美子と出会って生まれ変わったと彼はいい、実際に生活も以前に比べはるかに人間らしいもので、堀木に父の訃報を訊いたときも少々動揺して酒にむせましたが、美子さえ綺麗なままでいれば父の死を以後引きずることもなかったように思えます。しかし結局のところ生まれ変わったのではなく、ただ縋る相手が茂子から美子に代わっただけでした。世間をただの人の集まりと解釈する美子は体だけでなく心まで処女のそれであると葉蔵は思い、そして信頼していました。しかし体を他人に汚されてしまったことで、葉蔵は美子の心までもさえ信頼することが出来なくなってしまいました。茂子が世間というおぞましいものに呑みこまれ、裏切られた時と同じ悲劇が繰り返されたのです。マダムから「とても素直で、よく気が利く神様みたいな子」という評価を受けたのは、マダムが葉蔵から必要とされた人間だっただからですね。葉蔵にとって忌み嫌う父からの遣いというだけの存在だったヒラメには、葉蔵のその人物像は判り得ないのです。葉蔵は自分にとって必要な人間には巧妙に取り入りますが、その関係性は一度たりとも長続きしませんでした。それは程度の差こそあれ悲劇的な事実を葉蔵が受け入れようとせず、逃げてばかりだったからでしょう。父から逃げ、人生から逃げ(失敗)、世間から逃げ、美子からも逃げたその先にあるのはクスリという現世を放棄した新世界でした。
「俺には人間として何かが足りない」。何が足りなかったのかについて具体的には判りませんでした。が、それを明らかにするための作品ではないでしょう。少なくとも目の前の事実から逃げるな、思考を放棄するな、それをしてしまえば人間失格になりかねないぞ! ということはしっかり伝わってきました笑 こんな青臭い感想しか抱けない自分が歯がゆいですが、これこそ「名作こそ青い」というキャッチコピーの所以かなということにして、本作の感想を締めくくりたいと思います。何度も言いますが私は原作をいい具合に忘れていたからか、本当に愉しんでみることができ、また実際に出来も丁寧で特に堺さんの演技にはとても満足しています。この調子で次回から始まる「桜の森の満開の下」にも期待したいですね。これもまたとうの昔に読んだ作品なので詳細は朧ですが、それがまたいい方向に転ぶといいな、と思っています。